活動内容5月総会時の卒業生による講演会1972-2012呼吸器外科学への挑戦-never give up

 

 

1972-2012呼吸器外科学への挑戦-never give up

東邦大学医学部呼吸器外科教授
  木 啓 吾  

[はじめに]  本学卒業後23年間を他学で学び、1995年本学に着任以来16年が経過した。約40年に亘る先進医療を見つめながら、外科医としての職責とは何かを自問自答しながら、邁進してきた。2001年に、本学では臓器別の診療科再編成に伴い、呼吸器外科が誕生し現在満10年になったが、その源は、小平 正教授(1951年〜)に始まり、亀谷寿彦教授(1971年〜)、小松 壽教授(1987年〜)、山崎史朗教授(1991年〜)、小山信彌教授(1995年〜)に脈々と受け継がれてきた。この大河形成に参画できたことを幸せに思うと同時に、有望な若手医師を教育することができたことを感謝したい。その足跡を報告し、今後の参考になれば幸いである。

[診療と研究]
2010年度当科の入院患者総数は450名、うち手術数は240名であり、年々10%増の一途をたどってきた。近年、合併症発生リスクが高い治療は一般病院では敬遠されるようになり、難易度の高い例を治療する機会が増えてきた。ことに多くの併存症を有する肺癌や80歳以上の超高齢者の手術例が多くなってきているが、他科との連携を緊密にして、安全かつ確実な医療の実践を意識してきた。

1.肺癌手術法の変遷  肺癌の根治切除は、肺葉切除以上の肺切除および縦隔肺門リンパ節郭清術だが、診断法および手術手技の向上によって、肺区域切除を中心とする縮小手術が増えてきた。40年前、約30cm長の後側方皮膚切開は次第に短縮され、7cm長の皮膚切開による胸腔鏡下手術が行われるようになってきており、入院期間は1〜2カ月から、近年では1〜2週間となり、早期社会復帰が実現している。一方、局所進行癌では、拡大手術を循環器外科をはじめ他科と共同で安全に施行している。  また、呼吸障害が顕著な慢性閉塞性肺疾患(COPD)合併肺癌では、積極的治療の対象とならなかったが、肺切除が過膨張肺容量減少効果をもたらし、術後の呼吸器症状の改善とADLの向上を確認している。

2. 悪性胸膜中皮腫  アスベスト曝露による本疾患は今後30年間増加するとの予測である。現在、導入化学療法+胸膜肺全摘術+術後放射線治療による三者併用療法が行われているが、治療合併症リスクは高く、その施行に際しては、慎重な適応選択が必要である。個々の例を詳細に分析し、治療の中心的役割を演ずる胸膜肺全摘術の意義について検討した。

3. 気管支鏡下治療  気管支鏡下治療は、ステント留置術、硬性鏡下腫瘍削除術、気道内塞栓子(EWS)留置など多岐にわたり、他施設からの紹介例も多くなってきた。本治療に際して、気道の立体構造の把握は重要であり、気道の3D-CTの有用性も検討している。

4. 予防医学  喫煙の健康被害に関する講演を本学医療関係者、医学生、看護学生に対して継続し知識の普及に努めたが、2011年1月1日からは、病院敷地内全面禁煙が実施され、いよいよすべての医療関係者から国民一般への禁煙教育が徹底されてきた。過去10年来の禁煙外来では、ニコチンパッチや経口禁煙補助薬(脳内ニコチン受容体部分作動薬)による禁煙療法を行い、良好な成績を得ている。

5.検査
1)胸部単純Xp読影法  簡単そうで、見逃しの多い胸部単純Xp読影。地域医師会の読影会を通して、貴重な経験を積んできた。胸部単純Xp読影法は、かつては胸部断層写真による分析をしていたが、現在は高分解能CT写真で詳細に行うことができるようになってきた。画像診断は今後さらに進歩し、もっと楽に正確に読影できる時代が間もなくやってくるだろう。
2)その他
@気管支腔内超音波検査(Endobronchial Ultrasonography: EBUS)による縦隔および肺門部リンパ節生検(EBUS-TBNA) 
ACT下経皮針生検は、近年、確定診断法として重要な位置を占めてきており、その有用性を検討している。

[卒前卒後教育]
外科医志望者が、近年減少していることが社会問題となっている。私どもが外科医を目指した頃は、未知の世界へのチャレンジ精神に加え、尊敬する多くの先輩が暖かくみまもり、声掛けをしてくれた環境があったように思う。あの時代でも、「最近の若者は、何を考えているかわからん」と先輩からよくお叱りをうけたし、そして教育は「先輩の背中を見て学べ」で事足りた。しかし、近年、若い医師が、3K(きつい、きたない、きびしい)と称せられる外科に立ち向ってこないのは、現場で動く外科医たちにあまりにも余裕がなく、不満が多く、そして先輩が世代間のgeneration gapを理解せずに、若手医師に対して背を向けた放任教育をおこなっているからではなかろうか。generation gapは、実は全世界的な傾向のようで、1946年〜1964年までの我々ベビーブーマー世代と、2000年前後生まれのミレニアム世代との間には、価値観に大きなずれがある。このずれは、見方を変えれば人類の大きな進歩の軌跡であり、医療も良い方向に変貌していく可能性を秘めているのかもしれない。 私事になるが、1996年に米国Los Angelesにある南カリフォルニア大学に肺移植をテーマとして留学した折、多忙なattending doctorsが若手医師や医学生に真正面からQ & Aで向き合い、丁寧な臨床教育をしている姿に胸打たれた。この経験から本学でもその教育法を実践し、2008年東邦大学教育賞を受賞することができたことは大きな歓びである。  真剣勝負ができる若手外科医を育てるには、彼らの心を読み、折に触れ現場で体験させることが必要だろう。勿論、医療環境がもっと改善することも絶対条件だが、目先のことだけにとらわれず、若人をとり込み、仲間をふやそうとする気運が、私たちの現場でまだ欠けているのではないだろうか。  外科学の益々の発展には、豊富な若人が必要である。若人が先輩の背中をみても理解できなければ、真正面から細かな声掛けをして、今後の発展を共に考えてみたいと思っている。
[never give up] この言葉は私の気管支学の恩師で、軟性気管支鏡の開発者である元国立がんセンター内視鏡部長 池田茂人先生がよく口にしていた。恩師の臨床、研究、教育に対する姿勢のみならず、ご自身の闘病生活に対する姿勢をも含めた強い信念であり、私の座右の銘でもある。この言葉を次世代の若手医師にしっかりと伝えていきたい。

 

PDF icon (12.2MB)