活動内容5月総会時の卒業生による講演会感染症からみた生活習慣病

 

 

感染症からみた生活習慣病

九州大学病院 総合診療科
林     純(昭和50年卒)

はじめに  

肝臓病はアルコール、胃炎や胃・十二指腸潰瘍は食習慣やストレスが原因とされていた時代から、B型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルス(Hepatitis C virus : HCV)の持続感染が慢性肝疾患の原因であることが常識となり、ヘリコバクター ・ピロリ(Helicobacter Pylori: H. Pylori)感染は胃・十二指腸潰瘍だけでなく胃癌の原因と考えられてきている。  また、動脈硬化症も肺炎クラミジア(Chlamydophila Pneumonia : C. Pn)感染H. Pylori感染、HCV感染および成人T細胞白血病ウイルス(Human T Lymphotropic Virus Type 1 : HTLV-1)感染が原因の一つと考えられるようになった。

1、肺炎クラミジア感染  冠動脈疾患とC. Pn抗体の関連およびPCR、免疫組織染色などを用いて、ヒトの動脈硬化病変からC. Pnの存在が確認され、C. Pn感染が冠動脈疾患の危険因子の1つであることが指摘されるようになった。しかし、私どもの疫学的研究では早期動脈硬化の指標である頚動脈硬化とC. Pn抗体との関連はみられなかった。一方、脂質代謝改善剤は血清脂質を低下させるだけでなく、頚動脈硬化が改善するが、C. Pn抗体陽性例ではしなかった。しかし、これらの例にレボフロキサシンを併用投与すると、頚動脈硬化は改善したことから、C. Pn感染は動脈硬化進展の危険因子と考えられた。

2、ヘリコバクタ・ピロリ感染  H. Pyloriの感染は小児期に感染すると、持続感染が成立する。その感染経路として、汚染された井戸水など摂取によるとされているが、私どもの家族調査の結果から母子感染が重要であると判明した。  東邦大学大森病院総合診療・急病センターとの共同研究である沖縄県石垣市一般住民における胃癌健診では、胃癌は全例H. Pylori抗体陽性例であった。また、抗体陽性者では萎縮性胃炎のマーカーでもあるペプシノーゲン陽性例は30歳代から高率であり、早期の除菌の必要性が考えられる。  また、H.Pylori感染は脳梗塞の危険因子であることも、著者らの研究で明らかになった。その機序として感染例ではインスリン抵抗性の出現あるいはLDLコレステロールの増加があり、これらと相まって動脈硬化を進展させるものと考えられる。

3、C型肝炎ウイルス  世界的にみてわが国はHCV感染率が高く、その原因としては輸血を含む医療行為が問題であったと考えられる。HCV感染者の継続調査から肝機能検査異常例からは高頻度に肝癌を発症することが判明した。  現在、HCV感染例に対してはインターフェロンα +リバビリン療法が行われているが、その有効率はウイルス遺伝子型1型では40%、2型では80%である。また、インスリン抵抗性が存在するHCV感染例の存在もみられ、このような例ではインターフェロン療法の有効率が低く、一方、有効例ではそれまで存在したインスリン抵抗性が改善されることも判明した。ちなみに、B型肝炎ウイルス感染例でもインスリン抵抗性がみられたところから、ある種の持続感染はインスリン抵抗性を惹起するものと思われる。

4、成人T細胞白血病ウイルス  九州はHTLV-1感染率が高い地域であるが、沖縄県八重山地区の継続調査から、主要感染経路である母乳哺育の頻度の減少および母乳哺育期間の短縮のため、近年、減少してきている。HTLV-1感染例は成人T細胞白血病を発症するだけでなく、HTLV-1関連脊髄症、肺胞気管支炎、ぶどう膜炎、関節症など悪性疾患や免疫異常症を引き起こす。  HTLV-1感染例にHCVが感染すると持続感染に移行しやすく、またHTLV-1/HCV重複感染例ではインターフェロンによる有効率も低く、さらに重複感染例ではHCV単独感染に比較して若年で肝癌の発症が見られる。  また、HTLV-1感染例では若年より頚動脈硬化の進展がみられていた。その機序としてはMonocyte chemoattractant protein-1の介在が推測された。

おわりに  C. pnは動脈硬化進展に寄与し、H. Pyloriはインスリン抵抗性あるいはLDL-C増加を介して脳梗塞の発症に関与し、HCVはインスリン抵抗性を介して糖尿病に関与していると思われ、HTLV-1は免疫反応を介してC型慢性肝疾患の進展、動脈硬化の進展に寄与していると考えられた。以上、持続感染症は消化器病の重要な原因であり、生活習慣病への関与あるいは動脈硬化症の重要な危険因子の一つであると考えられた。

 

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